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(1)はこちら:(1)綺麗な着物を着せられて。生贄の記憶の話【ブラザー辛】
生贄を選び続けた一族の背負った業
“うちの一族は村の土地だけじゃなく、村のあった山全部がね、うちの一族の土地だったから、それだけ力を持っていたのね。代々、村長にはならないけど村長より発言力はあったの。だからこそ、災害が続くときに尊い犠牲になっていただく一人を決める必要があったのよ。もう、ずっと昔から、昔からね。うちの一族が嫌なお役目を引き受けていたのよ。誰だって、犠牲にする誰かを指名するなんて、したくないでしょう?”
義母からの手紙の文字は、最初は整っていたけれど、だんだんと荒っぽくなっていた。
“うちの一族だけじゃない。大事なことは村の皆で話し合って決めていたのよ。昔から、ずっと昔から、土地神様への捧げ物にするのは、身寄りのない幼い女の子と決まっていたの。両親が亡くなって、親戚の家や、親戚もいなければ近所の家がお情けで置いてやってるような。そういう女の子にお祝いと称して赤い上等な着物を着せて、ふだんは食べられないようなご馳走を振る舞って、御神酒を飲ませて”
“山に連れていくの。そうするとね、帰ってこないの。他の子供達が「あの子はどこへ行ったの?」と尋ねたら「里子に行った」と答えてたの”
義母からの手紙にはさらに、こう続けられていた。
“生贄を選ぶうちの一族は選ばれた少女の恨みを受けることになったの。一族にはあるときからやけに女の子ばかり連続して生まれることが増えた。昔は何人も産むのが当たり前だったけど、かつては『男腹』と言って、うちの一族の女は嫁に来た女性も含めて、男ばかり何人も産めていたんだけど。まあ、嫁は子供が産まれなかったり女ばかりだったりすると、それを理由に離縁していたんだけどね”
“あるときから、女の子ばかり生まれるようになってね。しかも、その子達がまあ、とても手がかかる、母親に懐かない、父親にはなおさら懐かない。そして、みんな、お宮参りの着物を着せようとすると火がついたように泣き出す。神社に近づくと殺されそうな泣き声で泣くのよ。そう、Aさん。あなたの娘みたいにね”
“なんとなくね、うちの一族はその理由は分かっていたの。ああ、いつの子だかは分からないけれど、何人も犠牲になってきた、あの子達が生まれ変わってきたのだろうってね”
“必ずね、その女の子達は着物と神社仏閣を嫌がるの。お宮参り、初詣、七五三……。それだけならね、今時は何の問題もないのよね。でも……。”
大事な話はお互いの家ではなく遠く離れた『外の喫茶店で』する理由
義母からの告白はそこで終わっていて、「話があるけど、書けることじゃないから、会ってお話ししましょう。子供達は預けて」締められていた。Aさんは義母に電話をして、子供達は義母が呼んでくれた姪っ子に預けることにして、お互いの家ではなく、外の喫茶店で会うことになった。
「毎日のように家を行き来して、かなりプライベートな話もふだんはしてるのに、なんでこれだけは外なんだろう?」
Aさんは不思議に思ったけれど、義母が自分の家に来るなら散らかっているのを片付けなければでお茶やお茶菓子も出さねばになるのが面倒で、逆に義両親の家に行くのも、手土産を持たなければ、お義母さんがお茶を出してくれるなら自分も手伝ってキッチンに行かなければ……。など、気を遣うので外の喫茶店で会うのは正直なところホッとした。しばらくして、Aさんにとってはいとこにあたる「姪っ子」が来てくれたので、2人の娘と共に留守番を頼んで家を出ようとした。
すると、長女は初めて会う姪っ子に興味津々で母の外出を気にしていないようだったものの、生贄の記憶を話した次女は、玄関から出て行くAさんをじーっと見つめていた。
Aさんは我が子ながら少し気味悪く思ったものの、その気持ちを振り払って家を出た。
義母が指定した喫茶店はお互いの家からかなり離れた場所にあり、もっと近くにチェーン系のカフェがいくつもあるのに、と不思議だった。ただ、波風を立たせるのは嫌だったので、Aさんは徒歩で20分ほど、自転車で10分ほどのその喫茶店に自転車で向かった。
そこはAさんは初めて行く喫茶店で、いかにも個人経営の、昔懐かしい『純喫茶』のようだった。喫煙OKと入り口に書かれていて、タバコの臭いが苦手なAさんは少し嫌だなと思ったものの、今さらここは嫌とは言えないの入ることにした。約束の時間より15分前。義母を待たせるわけにはいかないのと、少しばかりこの喫茶店のことを知りたいので、ちょうどいいだろう……。
Aさんが喫茶店の中に入ると、なんとすでに義母が来店していて、奥の席から手を振ってきた。小走りに義母の席に近づき、義母の表情を伺おうとしたが、先にもっと目を引くものがあって、Aさんは釘付けになった。
「これ、何か神様をお祀りしてるんですか?」
喫茶店の店内にこんなに大掛かりな祭壇があるとは思いもせず、Aさんは訝しんだ。義母が特定の新興宗教を信じている話も聞いたことがなく、お宮参りも七五三も、出来なかったとはいえ選んだのはごくふつうに地域の人が大事にしている氏神様だった。
義母はAさんの質問にうんうん、と2回頷いた。
義母一族の出身の村で唯一、生贄をせず供養をしていた『仏様』のいる喫茶店
「ここのオーナー夫婦はね。私達一族と同じ村の出身でね。でも、別の仏様をお祀りしてる方々だったの。これはその仏様。お名前は私達は知っちゃいけなくて、ご本尊は秘仏だからこれとは違うんだけどね。御加護は確かだから」
Aさんが席に着くと、アルバイトらしき若い店員が水を持ってきた。Aさんがアイスカフェラテをオーダーしたら「カフェラテ 笑 うちは古いお店なので……。カフェオレですね」と言い直されてモヤっとしたものの、出てきたカフェオレはミルクたっぷりでバニラアイスとクッキーが乗っていたので「純喫茶も悪くないな」と、ちょっと機嫌が直った。
義母はさらに続けた。
「ここなら、私達の家から離れているし、この喫茶店は仏様の御加護があるから、ここなら大丈夫だと思って」
Aさんはまた訝しんだ。
「どういうことですか?私達の家の近くじゃダメな話が?」
続く。
(1)はこちら:(1)綺麗な着物を着せられて。生贄の記憶の話【ブラザー辛】