屋敷には神棚ではなく神の部屋を設け、あたかもそこに神が住まうているかのように暮らしている家も実はある。神が嫌うからとの理由である家は牛豚鶏などの獣を食べず、またある家では家の守り神が狐であるゆえ、天敵となる狼は写真や絵でも決して家には持ち込まず、狼を祖先とする犬を飼うことも禁じておる。
しかし、もっと人生に大きく関わる制約を受けている一族もいる。
ある、その土地では女子であればほとんどが憧れるような優れた容姿で、陽気で楽しい人柄ゆえにモテてしかたないある御曹司が、これまでいくら美女や良家の子女に言い寄られても断り独身を貫いている話をしよう。
その家では代々、長男は家の守り神と結婚し、ゆえに生涯独身を貫くことになっている。しかし、それでは家が絶えてしまうゆえ、その家の嫁は必ず長男のみならず次男も生まねばならず、家は二男が継いでゆくのじゃ。
その男もまた、父親はその家の二男であり、己が将来、神の婿として人間の妻を娶らず生涯を過ごすことを知り、それを受け入れていた。男は遊び人であちこちに愛人は作ったが、妻はもたなかった。
その理由は、その男が18を迎えた日に、すでに家の守り神……その家の守り神は女神であり、その婿となっていたからじゃ。
神との婚姻は一族のみで執り行われるが、家の守り神は元々その土地の山の神で本殿は山中にあるゆえ、まずは男衆で「輿」を担ぎ登山し、女神を迎えに行く。人の目には視えぬ女神を輿に乗せ、ふもとの屋敷に迎え入れる。人の結婚式と宴と同じように、永遠の愛を誓い、歌い踊り、夜が更ければ新郎となる長男は、姿の見えぬ女神と共に神を祀る部屋で一夜を過ごす。
あとは、日々の決まり事はいくつもあれど、長男は人間の女との通常の結婚はしないものの、外にならいくら愛人を作ってもよく、子供ができてもその一族の相続権さえ放棄するならば、認知してもよいのじゃそうじゃ。
これと似た話では、祀る女神が蛇で非常に嫉妬深いゆえ、愛人を作っても良いが必ず病で早死する。子供ができても流れるとの噂が立ち、名家の跡取り息子として生まれながら成人以降はまともには女性と付き合うたことがない。