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『嫉妬』は全ての負の感情の中でも最も厄介
『何もかもうまくいかない!負け組の理由と呪いの解き方!』で、『嫉妬』はエネルギーの浪費、と話したが、もう読んでくれたかのう?
とにもかくにも、嫉妬は百害あって一利なし。一番良いのは誰にも嫉妬しないことだが、そう簡単にはいくまい。
完全に嫉妬を感じぬ生活をしたいと思えば無人島で暮らすかあるいは引きこもり、一切人と関わらぬようにするか。
完全に己と同格と思える人、あるいは己より様々な面で恵まれていても、心から祝福し憧れを抱ける善き人とだけ関われれば、人間関係の中でも嫉妬を覚えずに済むはずじゃが、それができぬゆえ、苦しんでおるのじゃろ?
しかし、嫉妬の理由は人それぞれ、千差万別。そして尽きることがないからじゃ。
※旧メディアVeryGoodからの移行記事です。リンク切れやレイアウト乱れ等ご了承ください。
一つの嫉妬が解消しても、次の嫉妬が襲ってくる
例えば、ここにAがいて、同じ会社の同僚BとCに嫉妬しているとする。Bは憧れの上司に自分より可愛がられているからで、Cは自分より仕事ができて、賃金を多くもらっているから。
ここで、Aが努力によって憧れの上司にBよりもずっと可愛がられるようになり、仕事でも実力を認められ賃金がCよりも上がったとする。
会社に嫉妬対象がいなくなり、心置きなく仕事に邁進する日々が、しばらくは続くかもしれぬ。しかし、ある日ふとSNSをのぞくと結婚して子宝にも恵まれ、専業主婦をしている学生時代の友人の投稿に、心乱されるようになる。
仕事三昧の自分が虚しく、家庭に恵まれた学生時代の友人が羨ましい。そこで、またAは結婚に向けて努力をする。
めでたく、憧れの上司と交際し結婚し、子宝にも恵まれて会社を辞め、専業主婦となる。望んだものは全て手に入ったかに見える。
それでも、その先で起きる様々な出来事、人間関係の中でまた、Aは自分より恵まれているかに見える誰かを見つけ、比較し、嫉妬心を抱いてしまう。そして、乗り越えようと努力をする……。
「不足」に目を向ける限り「嫉妬」はつきまとう
嫉妬はときに、己を奮い立たせるための原動力となろう。
「誰かと比べ、自分に不足しているものを見つけ、補おうとする」
それによって、不足が補えれば満足感を味わい、嫉妬の気持ちは消えて心穏やかな日々が訪れる。
しかし、「嫉妬」を原動力としてその対象を乗り越えて得た心の穏やかさは、そう長くは続かない。
「誰かと比べ、自分に不足しているものを見つける」が習慣化していれば、一生の間いくらでも嫉妬の対象が見つかり、苦しみは続いていく。
ここでもし、「では逆に、他人と比べて自分のほうが恵まれているものに目を向けよう」とすると、これもまた実は、不足に目を向けているのと同じ事態を引き起こす。
「Dさんよりも○○に恵まれている私は幸せ」と考えた瞬間、同時に潜在意識には「○○を失ったら、自分もDさんと同じになってしまう」という恐怖感が刻まれる。
「○○があるから幸せ」はいつでも裏返って「○○がなければ不幸せ」となり、己の心を縛ってしまうのだ。
また、たとえ心の中だけとはいえ、誰かの不足に目を向け優越感を感じたならば、それは不思議なことに、比較した相手にも伝わりうっすらとではあるが「見下されている」感覚を与え、嫉妬心を抱かせてしまう。
「嫉妬」は「させられている」場合がある
この厄介な嫉妬じゃが、実は「させられている」場合がある。
おぬしが本来は心が広く誰に対しても優しく、他人の幸福を心から祝福し、優れたところを称賛できる性格だとしても、日々、おぬしの自尊心を少しずつくじき、劣等感を植え付けようとする輩がいれば、やはり嫉妬に取りつかれてしまうのじゃ。
嫉妬を植え付けてくる相手も、明確な悪意があるわけではなく、無意識でやっていることがほとんどじゃ。先に話したように、己が劣等感で悩まないために、自分より何かが不足している他人と比べて、安心しようとしていると、相手に「見下されている」感覚を与え、嫉妬心を抱かせてしまう。
まさにこの、「見下され、嫉妬心を抱かせ」られる立場におぬしがいれば、いくら元々の心が清らかでも、やがては嫉妬に支配されてしまうであろう。
「嫉妬」を原動力として行動すると、悪しき存在につけこまれやすくなる
また、もう一つ厄介なのは、嫉妬を原動力として行動をすると、この世を漂う悪しき想念、悪しき想いを抱く生霊につけこまれやすくなってしまうことじゃ。
人が類は友を呼ぶように、想念や霊もまた、同質の波動を持つものに呼ばれる。
誰かを助けたい、世の中を良くしたいという想いや、純粋な向上心を原動力として行動するならば、明るく前向きな波動が同種の波動を持つ霊的存在や想念を引き寄せる。
しかし、嫉妬心を原動力とすると、この世に未練を抱き悔しがりながら肉体を離れた霊や、かつて同じように誰かに嫉妬し、解消されなかった無念の想い、そして生きながら今現在、嫉妬に苦しむ誰かの生霊をも引き寄せてしまう。
その重苦しさは、元々の己の抱える嫉妬のそれをはるかにしのぐものとなろう。そして、もし、一つの嫉妬が解消しても、一度取り付いた悪しき存在たちは満足せずに、「次を、次を」と嫉妬の対象を探すように囁き続けるのじゃ。
さらば、嫉妬!しつこい嫉妬心を祓う3ステップ
……まずは一般的な方法を。
そろそろ、陰陽道での嫉妬心を祓う方法について話そうと思うが、その前に。まずは、一般的かつおぬしの状況によってはこのほうが簡単という、嫉妬と無縁になる方法についてじゃ。
★嫉妬する対象の「良いところ」に目を向け好きになる努力をする
ま、これは本当に一般論。難しいものじゃ。しかし、少しでも可能であれば、嫉妬の対象も「好意の返報性」でおぬしに対する態度を徐々に改めるじゃろう。
その詳しい方法は、わしの話よりも様々な心理学の良書があろうから、そちらを参考にしてほしいのう。
★嫉妬する対象との接触を減らす・断つ
これは、気持ち的には受け入れやすいのではなかろうか?
不思議なことに、顔を合わせるたび、その人のことを思い浮かべるたび、噂を聞くたびイヤな気持ちになるにも関わらず、「怖いもの見たさ」と同じ感覚で、自ら相手に関心を持ち、接触を試みる人も世の中には多い。
しかし、たとえ負の感情とはいえ、相手に関心を寄せれば寄せるほど、相手との接点や相手について見聞きする機会は増えてしまう。これもまた、引き寄せというものじゃな。
ゆえに、「あいつ、不幸になってないかな?」という負の好奇心であっても、相手に関心を寄せるのをやめて、接触を断つことじゃ。
SNSでしか接点がないならば、見るのをやめればそれで終わり。相手の話をしょっちゅうする共通の知り合いがいれば、一時的にで良い、そやつも非表示にするなどで可能な限り、おぬしの心をざわめかせる原因を遠ざけることじゃ。
実際に顔を合わせねばならぬ場合、事務的な対応に徹する。そうじゃな、飲食店のアルバイトをしていて、良く来るが仲良くなりたくない常連客への愛想笑いとプライバシーを明かさない雑談程度を心がけるのじゃ。
嫉妬心を抱かされる立場になりやすい人間に限って、お人好しで正直者が多い。けれど、いつもマウンティングしてくるような高飛車な輩にプライベートをあれこれ聞かれても、適当にはぐらかしていいのじゃぞ。
それで、相手が機嫌を損ねたりおぬしの悪口を言ったりしても、放置するが良い。もし、そやつに同調しておぬしを邪険に扱うような人間が周囲に多いならば、ずばりその環境そのものが、おぬしにとってはこの世の地獄。
学校や会社、大好きな趣味のサークルなど、そこを抜けるのは辛いという場合もあろうが、あまりにも心が折れてしまう環境からはいくらでも逃げて良いのじゃぞ。
狭い世界の中で苦しみ、他にいくところがない……と己を追い詰めて、あるいはその反動で悪人となっては人生が無駄じゃ。
安心せい、おぬしが心地よくいられる場所は、この世にも多数ある。おぬしが今いる場所からは見えぬかもしれぬが、そこを一歩踏み出せば、あっちにもこっちにも、あるはずじゃぞ。
……では、いよいよ。
陰陽道で嫉妬を祓う3ステップ
その1.身体についた「厄」を徹底的に祓う
嫉妬を続けていると、身体の内にも外にも、モヤモヤとした黒い煤のようなものがまとわりつく。これがより一層、周囲の悪しき存在を呼び寄せ吸着し、こびり付いて落ちない油汚れのように頑固におぬしの心に暗い影を投げ落とし、また、おぬしに接する人に悪しき印象を与えてしまう。当然、おぬしが本来受け取れるはずの好意や幸運も、「この人じゃない」と素通りしてしまうのじゃ。
逆に言えば、この「厄」を祓うことで新たな嫉妬をさせられる対象となることを防ぎ、受けるべき良い運気をしっかり受け止めることができるようになる。
そのためには、
・粗塩と日本酒を入れた風呂に入る。粗塩で頭頂部と首筋、肩、足の裏をもみ洗いする
頭頂部と足の裏は、運気の出入り口。首筋と肩は、悪霊や生霊が取り付きやすい部分。粗塩のパワーで祓えるのじゃ。
・髪を切る・爪を切る。切った髪と爪は、粗塩をふりかけ白い半紙に包んで燃えるゴミの日に捨てる
これも、強力な厄落としの一つ。
・人型に切った半紙に己の名前を書き、息を3回吹きかけてから燃やす。
これは、神社の「大祓」などでやる厄落としじゃが、自分でもできる。息を吐くときに、身体の奥深くからのどす黒い想いが出ていくのを想像しながらやると効果的じゃ。
その2.天照大御神を祭った神社を詣でる
天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、実は人生がうまくいかず苦しみ、引きこもりがちになっておる人間にとってありがたい神様なのじゃ。
「天岩戸」の伝説はなんとなくは知っておろう?天照大御神自身、弟のひどい所業にショックを受けて、天の岩戸に引きこもってしまった意外にも繊細な神。
助けを求めれば、その光で己の人生を輝かせてくれようぞ。
もっとも強力なのはやはり伊勢神宮じゃが……。
天照大御神を祭った神社は伊勢神宮の他にも様々な地域にあるゆえ、お住まいの地域の神社に祭神を調べてみると良いぞ。
その3.常にダイヤモンドを身につける
最後に、これは金がかかってしまう方法で申し訳ないのじゃが……。決して「道顕ダイヤ」なるものを売りつけようというのではないから、真剣に聞いて欲しいのじゃが、
ダイヤモンドは全てのパワーストーンの中でも最強の魔除け
そして、身に付ける者の格を上げる石なのじゃ。ゆえに、嫉妬をはねのける。己の中から沸き上がる嫉妬心も、減っていくじゃろう。
セレブがこぞって、ハリー○ィンストンだのなんだのと、大きなダイヤの指輪を身につけるのは、金があるからというだけでなく、運気が強い人間は自然にこういったパワーアイテムに惹かれる気質を持っておる。
純粋に、ダイヤを身につけると自信がもてる、という働きもあるじゃろうが、目に見える働きも強いのじゃ。
当然、これは金がかかるゆえ、すぐにはできなかろう。しかし、もし少しでも生活に余裕が出たとき、己へのご褒美や景気付けに何か購入するとなったら、初めは小さくても良いゆえ、ダイヤのついたアクセサリーを手に入れると良いぞ。
面白いことに、ダイヤを身につけた途端、切れる縁が出てくることもある。腐れ縁の男友達や元彼と連絡がつかなくなる、いつもつるんではいるものの、いつも何となく馬鹿にしてくる同性の友達が離れていくなど。
しかし、それこそが「魔除け」の作用。ダイヤモンドはおぬしを悪しき影響から守るため、そういった輩を遠ざけ、代わりに新たにおぬしをありのまま受けとめ愛し楽しい時間を運んでくれる、良縁の友達や恋人を連れてくるじゃろう。
長くなったが、ざっとこんなところじゃ。道顕、おぬしが晴れ晴れとした心で過ごせる日々が早くやってくるよう、願っておるぞ。
「おぬしの不幸は呪いのせいじゃ!解けるのじゃ!」
懸命に努力すれど、報われぬ想いばかり。天に愛されるべく、善行を日々心がけているのに、己の周囲にはむしろ悪行をはたらく人々ばかりが集う。生まれ持った運命によると運気が良い時期であるにも関わらず、まったく良いことなど起きぬ……。そのような悩み、憤りを抱えているおぬしには特に、この書に書き記されていることの中に原因を見つけ取り除くことができるやもしれぬ。