【真夏の怪談】後編:意地悪女と願いの叶う井戸
■願いの叶う井戸?
真正面に井戸が見えた。暗がりの中でも目の前に井戸があることは、はっきりと分かった。
「え?ここ?」
女は驚くと同時に、祖父母から聞かされていた昔語りを思い出した。この地域をほんの短い期間だけ治めていた武将が、怪しげな僧に心酔し言われるまま寺を建て井戸を掘らせ、戦の度に「贄」を投げ入れていたと言い伝えのある井戸だった。
「なんなの?ここって願いが叶うどころか、人がたくさん死んでるとこでしょ?どういうつもり?」
女は自分の取り巻きだったはずの集団に向かって叫んだ。しかし、返事がない。暗がりの中に数人、女と1mほど離れたところにいたはずが、周囲には誰もいない。
「・・・◯◯さん。私はここだよ」
「どこ?」
「ここだよ。私の願いがようやく叶うんだ。嬉しい」
その声は井戸の中から聞こえていた。女が井戸を覗き込むと、真っ暗な井戸の底から、見覚えのある少女がこちらを見上げていた。小学生時代に集団無視をして、不登校になりその後自殺した同級生だった。
女は悲鳴をあげて、全力で逃げた。小学校近くの店からここまで来るときは遠く思えたが、戻るとなると案外と近いようだった。数分もしないうちに、店のあった場所に戻ることができた。しかし、店は営業時間が過ぎていたのか、すでにシャッターが降りていた。
時計を見ると夫に迎えを頼んだ時間よりまだ1時間以上早かった。今電話をしても到着まで20分程度はかかる。一刻も早くここを離れたいと思った女は、タクシー乗り場から一台のタクシーに乗った。
数分ほどでタクシーはその町から離れ、家族が暮らす町へ向かう見慣れた景色に少し落ち着いてきた女は、夫に電話をしてタクシーで帰るから迎えに来なくていいこと、そして自分に起きた恐ろしい出来事を話した。ただ、自分がかつて虐めをしていたことは隠して話した。
「・・・うん。本当だって。え?からかわれた?あぁ、なるほどね。うんうん。落ち着いたらムカついてきた。あいつらが私を騙したってことだよね」
女の夫は霊的なことは一切信じないタイプで「同級生がグルになって、彼女を騙すために芝居をした」という仮説を立て、女もそう思うことにした。電話を切って、しばらくすると自分の住む町の駅が見えてきた。
「あ、ここでいいです」
女は、駅前のロータリーでタクシーを降りることにした。運転手は女に釣り銭を渡したあと、車を降りようとする女にどうしてもこれだけは言いたい、といった口調で、
「あの、先程のお電話の内容が聞こえてしまって……。盗み聞きしたみたいで恐縮ですが、あの、僕はけっこう幽霊とか信じるほうで、お節介ですが……。電話で話されてた◯◯町の◯◯というお店はけっこう前に潰れてるはずなんですよ。その、怖がらせてほんとに申し訳ないんですけど、今お電話されてたことがぜんぶ本当だったら、お祓いとか受けられたほうがいいんじゃないかなと。いや、本当に余計なお世話ですみません」
と早口で伝えると、すぐにドアを閉めて走り去っていった。
「はぁ?なんなのあの運転手。本当に余計なお世話。人の電話を逐一聞いて、◯◯がもう潰れてるとか、嘘つきやがって」
女は、夫との電話ですっかり「元同級生達のタチの悪いいたずらだった」と決め込んでしまったので、運転手の言葉には腹を立てるばかりだった。
家路に着いても怒りはおさまらず、夜遅かったものの女は自分を騙したと思われるかつての同級生に詰問することを思い立った。ただ、その夜は誰とも直接話しをしておらず、現在の連絡先も知らない。そこで、片っ端から彼らのフルネームで検索をして、SNSで見つけた1人にとりあえずメッセージを送った。彼女は夜更けでも起きていたらしく、すぐに返信があった。そこにはこんなことが書かれていた。
「◯◯ちゃん、久しぶり。まず、誤解を解きたいんだけど・・・同窓会、私はハガキ来なかったよ。来ても行かなかったと思う。★★さん(自殺した同級生)のことがあるから、正直なところ怖くてもう、あの町には行きたくない。実は・・・(悲惨な事情)でそれどころじゃないし。あと、余計に怖がらせるかもしれないけど、ほかに仲良かった△△と▲▲も・・・(悲惨な事情)で同窓会どころじゃないはずだよ。ちなみに、会場の◯◯◯って店、同級生の●●の実家のはずだけど確かにかなり前に潰れてるはずだよ」
その返信を読んで女はさすがに怖くなり、誰かこういった霊現象に対処できる僧侶や霊能者がいないかと、詳しそうな知り合いの何人かにメッセージを送った。しかし、さすがに夜更けだったので誰からも返信はなく「朝になれば、誰かからは返事があるだろう」と思って寝ることにした。
その夜の寝入りばな、女はこれまで他人の話でしか聞いたことのなかった「金縛り」を経験した。耳元で「逃げても無駄だから」という、あの自殺した同級生の声がして、動こうにも身体がピクリとも動かなかった。
金縛りはずっと解けず、ようやく解けたときはすでに朝だった。
朝食のときに、夫に昨夜の電話以降に起きた出来事……タクシー運転手からの話、元同級生からのメッセージ、金縛りのことを話すと「いつまでくだらない話をしてるんだ」と一蹴されてしまった。
女は金縛りに遭ったことを昨晩メッセージを送った知り合い数人に追記として送り、返事の催促をしたが数日待っても、誰からも返信は来なかった。
今度は、霊的なことに興味がなさそうな知り合いやママ友にもダメ元でメッセージを送ってみたがやはり返信がない。時間をおいて改めて確認するとSNSではブロックされていたり、メールはもう届かなくなっていたりした。
さらに数日後、学校から帰ってきた子供には「ママが変なメールをいろんな人に送ってるって学校で言われた。頭がおかしくなったんじゃないかって。恥ずかし過ぎ。私にまで迷惑かけないでよね」と言われてしまった。その日の夜には夫が「子供の安全のためにしばらく離れたほうがいい。君は病院行ったら?」と、子供を連れて夫の実家に帰ってしまった。
その夜、また金縛りが起きた。また自殺した同級生の声で「あーあ。みんなに無視されてるみたいだね」「私の願いは叶い始めたばかり。これからが楽しみ」と、はっきり聞こえた。
「・・・夫と娘も出て行き、仲が良いはずの友達も返事をくれないどころか電話も着信拒否されているようです。孤立無援です」
ある祈祷師の元に何度も届いたメールの最後の現状報告のメールにはそのように書いてあったそうな。祈祷師は返信をしようとしたが、何度試しても禍々しい何者かの力で阻止されてしまい、ついには諦めた。女がその後、どうなったのかは定かではない。
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