この世の全て(2)完全なる均衡は退屈だから壊された
#辛口オネエのスピリチュアル
学校で習ったちゃんとした歴史や宇宙の成り立ちやら、教会で教わった神についてやらはぜんぶ「それはそれ」で脇に置いて読んでね。
■闇は「光と対になるもの」で忌み嫌われるものではなかった
前回の続き。「それ」は違いを楽しむために、もとは1つだった「それ」自身を両極端の2つに分けた。子どもが一人遊びで一人二役するようなものね。まず、光を作った。光を作ったら、同時に闇もできた。この段階で闇は忌み嫌われるものではなくて、ただただ「光と対になるもの」だった。
光と闇に分かれた「それ」は初めて自分自身を、そして(自分自身ではあるけれど、一時的に)自分ではないものを観察することができた。光の側から闇側を観て「真っ暗だ」闇側から光を観て「眩しいな」と思ったかは分からないけど、とにかく「それ」は観察を楽しんだ。
だけど、せっかく分けた光と闇はしばらくすると混ざり始めた。そして、また一つに戻ってしまった。
■最初は生み出すことをただ楽しんだ
一つに戻った「それ」は、次はすぐに元に戻らないよう、光と闇だけでなくあらゆるものを分けていった。順番はよく分からないけど、時間と空間も分けて、今私達が宇宙と呼んでいる時空間を生み出した。銀河を作って、星を作って、大地と海を分けて……。と、生み出すことを楽しんでいた。その過程でこの地球も生み出した。広い宇宙で唯一の生命が存在する特別な星、と人間は思ってるけど「それ」はそもそもそのつもりじゃなくて、ほかにもたくさん星をつくって、生命も存在させてるわ。
ちなみに、「なぜ、銀河をつくったのか?」「なぜ、生命の存在する星としない星をつくったのか?」なんて疑問がわくけど、答えは「つくれたから」「つくりたいと思ったから」みたい。神には壮大な計画がある、なんて言われてるけど、実は好奇心旺盛で行動力のある子どもみたいなものなのね。
余談だけど、子どもって「それ」そのものなのよね。「それ」がさまざまな経験をしたくて自身を分割してこの世に生まれてきてるのよ。
・・・話を戻すわね。宇宙ができて、銀河やたくさんの星ができて、そこに生命が存在するようになって。そこまで複雑になると、「それ」が分けた原初の光と闇もそのほかの分けたものも、そのままにしておいても一つに戻ることはなくなっていた。きちんと組み上げられて均衡が保たれて、ちょっとやそっとのことではもう変化しない宇宙が出来上がった。
「それ」は、出来上がった宇宙をしばらく楽しんだ。でも、均衡が完璧に保たれて規則正しく星が運行して、生命がもたらされた星では複数の生命が穏やかに共存した。平和そのものだった。だけど、常に同じことが繰り返されるさまに「それ」はまたしても飽きてしまった。
■『光と闇の闘い』の始まりとは
だから「それ」は宇宙が常に変化をし続けて、なおかつもとの一つにももどってしまわず「それぞれが『個』を保ちながら関わり合って、永続的に観察を楽しめるもの」にすべく、試行錯誤を始めたのね。
続く。