死神退散(1)死神を謀り村人の多くを救った法師の話
今は新型肺炎が蔓延し世界が恐怖に怯えているが、日本では皆保険と医療先進国であるゆえに、感染者数に対して死者数は他国と比べれば増えておらぬようじゃな。ロックダウン間近とは言われるがスーパーには食料品もある。現政権には不満も多々あるが、この非常事態でも社会インフラの維持や医療現場で働いている人々には感謝の念に尽きぬ。
■死神を謀り(たばかり)村人の命を救った旅の法師
これは、今日のように医療が進歩していなかった頃の話。ウイルスや菌の存在など誰も知らず、疫病は時の達成者の不徳、あるいは発生した土地や病にかかった者への呪いが疑われていた昔。人から人へ感染し、高熱が出て食べ物も受け付けなくなり数日で衰弱死する疫病が流行した。
発生源は当然分からず、その村で感染者が出て村人達が気付いたときには、すでにその疫病によって近隣の村全てが全滅した後だった。どの村でも年寄りはおろか働き盛りの若者も、村の未来を背負う子供達も命を落としていた。
その村も放っておけば全滅したほかの村と同じ運命を辿ったであろう。しかし、その村にはちょうど、しばらく前にやってきた旅の法師が、手厚いもてなしを受けて村長(むらおさ)の元に留まっていた。
■村にも疫病が
村で初めての死者は行商人の男で、その家族もその周辺もバタバタと倒れていった。村長はこの村ももう終わりだと思い、法師には感染して命を落とす前に、村を出るよう促した。しかし法師は世話になった村を見捨てて自分だけが去るわけにはいかない、疫病は止められないが死神に連れ去られるのは止められるかもしれないと言った。
法師は村長に、生まれたばかりの赤ん坊から年寄りまで、まだ生きている村人の名前と性別、分かる限りの生まれ年を台帳に書き出すようにと伝えた。村長は村の字が書ける者に手伝わせた。数日かかったが村人全員の名前を連ねた台帳ができた。
■法師の謎の指示
法師は台帳を受け取り、村長に「これから、村人に私の言う通りのことをさせてくれ」と言い、村長は従うことにした。法師はまず、6歳までの子供を持つ親には「この疫病がおさまるまで、男児には女児の服を着せ女児の名で呼び、女児には男児の服を着せ男児の名で呼ぶこと。名前は弥太郎ならば弥生子、弥生子ならば弥太郎と少し変えるだけでよい。疫病が流行る間、決して本名では呼ばぬように」と伝えた。
働き盛りの者たちにも「名前を変えること。互いに疫病がおさまるまで、その新たな名で呼び合うこと。生まれ年を変えること。本当の生まれ年よりも1年遅い年を語ること」と伝えた。
さらに、年寄りには気分が悪かろうがこれが一番と、働き盛りの者たちに手伝わせて、本名を刻んだ墓を建てさせた。「縁起でもない、わしは墓などいらん!」と拒否した年寄りの墓は造らなかった。
そして最後に村長には「夜中に村人ではない男がやってくる。いつのまにか枕元にいる。しかし、目を開けて男の顔を見てはならない。男は、この村の名を訊ねるだろう。そのときに備え、村の名を変えておくこと。男にはその名を伝えること。村の門を岩でふさぎ、別に門を作りそちらを使うようにすること」
村人たちも村長も、理由は分からなかったがとにかく言われた通りにした。村の入り口をふさぐ岩が据えられると、法師はその石に元の村の名前と、何やら経文を刻み付けた。
■夜に訪ねてきた男の目的は?
・・・法師の指示が行き渡ると、疫病はまだおさまらず熱を出す村人はいたが、死ぬ者がほとんど出なくなった。自分の名を刻んだ墓を造ることを拒んだ年寄りや、ほかにも命を落とした者は法師の指示を無視した者達だった。
疫病がおさまり始めたある夜。「おい。おい」村長は自分に呼びかける声で目を覚ました。「お前がこの村の長か。聞きたいことがある」村長はそれが、法師の言っていた男だとすぐに気付いて、慌てて目を閉じた。「おい。ここは◯◯村で間違いないか?」◯◯村はその村の本当の名だった。「いや。ここは●●村だ」村長は法師に言われて付けた新たな村の名を答えた。「おかしいな。隣の村からまっすぐの道の先にあるのが◯◯村のはずだが」「いやいや、この村は隣の村とまっすぐではないぞ。一度、外に出て確かめてみるがいい」
それを聞くと、男は「それもそうだな」と言って外へ出ていった。そして自分が隣村から来るときに使った村の門から外に出た。「うむ、この道を使って隣村からここへ来たのだ。やはり、ここは◯◯村で間違いない。仕事を片付けなければ」そして村の門のほうをくるりと振り返った。門をくぐろうと、岩の横を通るついでに岩に刻まれた文字を見た。そこには男が探していた村の名と、◯◯年に疫病でほとんどの村人が死んだと刻まれていた。◯◯年はこの年だ。
「なんと。なにやら閻魔台帳に名のある村人とここの村人はどれもこれも一致せずおかしいと思っていたが、◯◯村はすでになくなっていたのか。確かに墓もあった。数人いたのが生き残りで、もはや命は頂いた。ならば、仕事はもう終わりだ」
男は手にしていた台帳を閉じて、次の村に向かった。
-おしまい-
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