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芦屋道顕の真夏の怪談
■田舎に移り住んだ老夫婦
その夫婦は連れ添って早何十年、子供たちはすでに独立してそれぞれに所帯を持ち、夫婦は夫の定年に合わせてそれまでの都会の家を売り、とある田舎の村に移住したそうじゃ。
夫婦はそこで、昔から二人の夢であった畑を耕すことを楽しみ、同じように都会から移住してきたリタイア組でコミュニティを形成し、理想的な暮らしを楽しんでいた。
しかし、その夫婦のみならず移住組の老夫婦達は皆、元々の村人達からは歓迎されていなかった。趣味で始めた畑も無農薬野菜や果物を育てようとしていたところ、元々の農家の組合から「あんたのところで虫が発生したらどうしてくれる。無農薬なんて冗談じゃない。組合から指定の農薬を買って使わないと、あんたのところはエライ目に遭うよ」などと脅されたりもしたそうじゃ。
その話を移住組の集まりで話すと、先輩移住者たちもやはり歓迎はされず、畑を作ろうとしていたほかの夫婦も脅しを受けて断念したとのことだった。
しかし、移住してきたばかりのその夫婦は、田舎の人たちとは話が合わないから無理して仲良くすることはない、脅しに屈することはないと、無農薬の作物を作り始めた。その後は、特に虫も発生せず、村人からの嫌がらせもなく、平穏な暮らしを送っていた。
■黒い肥料
3月に定年退職し、4月にその村に移住し最初の夏は問題なく越した夫婦だったが、
その翌年、またしても組合に入るよう促された。聞けばほかの移住組もやはり組合には名前だけ参加し、会費だけは払い続けているという。組合費さえ払えばあとは特に何もしなくてよいとのことで、彼らは無難に過ごせるように、組合の名簿にサインをして、会費を納めた。
それから1週間ほど過ぎた頃、朝の散歩に行こうと夫婦の妻が家を出ると、夫婦の畑の敷地の横に10kgの米袋くらいの大きさの袋がいくつか置かれていて、メモが添えてあったそうな。
『作物がよく育ちますよ』
袋の中身は少し嫌な臭いのする真っ黒な土だった。
妻は夫にも伝えて、その土を見せた。嫌な臭いがするが、堆肥なのだろう。夫婦は、組合費を払ったので肥料をくれるようになったのだと思い、喜んで畑作りに使うことにしたそうじゃ。
黒い土を肥料として畑にまいてから、確かにあらゆる野菜の育ちがよくなった。市販の肥料を使って育てた昨年とは比べものにならないほど丈が伸び、葉も大きかったそうじゃ。
「なるほどなぁ。農家ってのはこんないいもんを、ふだんは自分らで独占してるわけか」
「まあ、わけてもらえたんだし、いいじゃないの。あの組合費でこれなら、安いもんよ」
翌月にもまた、同じだけの袋が畑の敷地のすぐ横に置かれていた。メモもあった。
『良く育っているようでなによりです。収穫が楽しみですね』
「・・・おいおい、これは、誰かうちの畑を見張ってんのかね」
「見張ってるってほどじゃないでしょうけど、誰なのか気になるわねぇ」
夫婦は、肥料とこのメモを置いたのが誰なのか気になり、村の一軒一軒に聞いてまわった。しかし、誰も「自分ではない」と否定したそうじゃ。
「いったい、どういうことかしら。なんだか、気味が悪くなってきたわ」
「いやいや、最初に俺たちにあんな態度取ったんだから、親切にはしてみたところで、それが自分だとは言い出しにくいのもあるんじゃないか」
「そうかもねえ。田舎の人はシャイだし。もしかしたら、本当はあの肥料、組合からじゃなくて親切な誰かが勝手にやってるのかも。ほら、よそ者に親切にしたのがバレるとその人も困るのよ」
「なるほどなぁ。確かに、俺でも黙っておくだろうな」
それから毎月、土は置かれていたがメモはなくなった。夫婦は、メモは肥料を置く意図を伝えるために最初だけつけたのだろうと考え、何も思わなかったそうじゃ。
■虫瘤
ところが、収穫も迫ったある朝のこと。畑の様子を見にきた夫は、奇妙な果実を見つけた。
「おや。こんなの植えたかなぁ。土に何かのタネが混ざってたのかなぁ」
肥料に混ざっていた何かの果物のタネが育ち、雑草を抜くときに見落としたのかもしれない。
「しかし、こんな立派な実なら雑草じゃないな。どこかで見たぞこれは……マンゴーってやつじゃないか?」
夫婦が移住した村ではマンゴーも作っているので、肥料にそのタネが混入してもなんら不思議はない。夫はそのマンゴーらしき実をもいで、家に持ち帰った。
「おい、かあさん。うちの畑になぜかマンゴーがなってたよ。肥料にタネが混ざってたんだろう。切ってみてくれ」
「あら、そんなことってあるのね」
妻は受け取った実を水で洗うと、まな板に乗せ真ん中に包丁を入れた。ジャリ、っと嫌な感触が包丁を通じて伝わってきた。何かがおかしい。実の切れ目に指を入れ、力を入れて二つに割ると、
実の中にはびっしりと黒い粒のようなものが詰まっていた。タネか?そう思ったがよく見るとその黒い粒は蠢いていたそうじゃ。
「いやぁ!虫よ!」
夫婦はショックを受けながらも、その虫瘤(むしこぶ)と化していた果実はすぐにゴミ袋に投げ込み、這い出した虫も叩き潰した。
「なんてこった。いくら無農薬だからってこんな……。いや、まてよ。ほかの作物は?」
夫婦は畑に走った。そして驚愕した。昨日まで確かに見慣れた果物の果実がなっていた枝や蔓の先には、代わりにあの奇妙な実がいくつもなっていた。
「なんだこれは」
夫は呆然としながらも、
昨日まで赤い実がなっていたはずの枝に突如現れたその黄色い実に手を伸ばした。
「あんた、やめて!また虫瘤だったら……」
妻が言い終わらないうちに、夫はその実をもぎ取り、地面に叩きつけた。
「ああ、これもだ!きっと全部そうだ!やられた!」
夫は手当たり次第にもぎ取った実を次々に地面に叩きつけ、踏み潰した。
ぐちゃりと潰れた実からは、どれもこれも、ぞろぞろと黒い虫が這い出した。
恐怖に耐えかねた夫婦は、村を出ることにした。
家に戻り、最低限の荷物をまとめて家の裏に停めておいた車に走る。
・・・バンパーに、小さな紙が挟まっていた。
肥料が置かれた最初の二ヶ月に添えられていたあのメモだった。
メモにはこう書かれていた。
『思い知ったか』
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