【真夏の怪談】「誰でもいいから助けて」「・・・助けてやろうか」【芦屋道顕】

台風の雨で一時的に気温が下がりはしたが、またしても熱帯夜の復活であるな。日本の夏はなぜか怪談話がよく似合うが、それはお盆というあの世とこの世の境界線が薄れる時期を迎え、さらには霊的な存在は移動に水が欠かせぬが、このようなジメジメとした気候ではいつでもどこへでも移動できるゆえ、やはり霊的な存在の目撃談も増えるのであろう。

では、さっそく今回の話に。

「誰でもいいから助けて」に応える声は何者か

ある、ふだんから無宗教で初詣にすら行かぬ若きカップルがおった。二人は車で旅行に出かけ、さまざまな景色を楽しんだ。

その晩、泊まる予定の宿は一つの小さな山を越えた場所にあったゆえ、当然二人の車は山道を走って行った。時期はちょうど盆の頃であったがその山道には他の車はおらず、運転する男はアクセルを踏み込みまだ少しでも明るいうちに宿に着けるようにとスピードを上げた。

しかし、山道ではよくあることではあるが、一匹の鹿が道路脇からいきなり飛び出してきて、男は思わず避けようとハンドルを切ってしまい、車は横転し道路脇の森に突っ込んでしまった。

幸いにもエアバッグが作動し、運転していた男は無事であった。しかし、助手席の彼女を見ると、なんとエアバッグは作動しておらず、座席とフロントガラスに挟まれ耳から血を流し、

ぐったりとしていたそうじゃ。

彼女は明らかに死んでいるように見え、実際に死んでいたのであろう。しかし男は半狂乱で彼女の名を呼び、目を覚ませと虚しく繰り返すばかりであった。

すっかり日が暮れて、あたりが真っ暗になった頃、男はようやく少しばかり正気に戻った。そして、しかるべき機関に事故対応と救助を願おうと携帯を手にしたが、そこは圏外であった。男は車を出ようとしたが、ドアがひしゃげてしまって出られない。このまま、救助も呼べず真っ暗闇の山で一夜を明かすなど恐ろしくてしかたない。

「誰か、助けてくれ。誰でもいいから……」

男はふだん、神も仏も信じなかったため、そのように「誰でもいいから」と心の底から願った。すると、どこかから声が聞こえてきた。

「・・・助けてやろうか」

男は驚き、車の外に目を凝らした。しかし、闇が広がるばかりで誰の姿も見えなかった。車の中にはとうぜん、死んだ彼女のほかに誰もいない。気のせいかと思ったそのとき、またはっきりと、

「・・・助けてやろう」
「何をしてほしい」

と、聞こえてきた。その声は男自身の頭の中に響いていた。これは幻聴かもしれない、と男は思ったが、藁にもすがる思いで、

「救助に来てほしい。なるべく早く、ここから出たい」と言った。すると、声は、

「いいだろう」
「それだけか。ほかにないのか」
「なんでも願ってみろ」

と応えた。男はそれなら、と、
「彼女を生き返らせくれ!」と懇願した。

すると、声は今度は、

「死人を呼び戻すのか」
「できるが、後悔することになるぞ」
「やめておけ」

と応えた。男はそれでも、できるのならば、彼女を呼び戻してくれ、決して後悔などしない、と改めて懇願した。

すると、声はまた
「いいだろう」

と応えた。

次の瞬間、ぐったりとしていた彼女の身体がブルブルと震え始めた。生き返るのだ!さらに、まだ離れた場所からであるが、救急車のサイレンが聞こえ、少しずつ近づいてきていた。救助も来てくれたのだ。男は感激した。そして、声の主に問いかけた。

「ありがとう!あんたは森の神様か何かなのか?」

その問いに、声が応えることはなかった。それきり、声はしなくなり、救急車も到着した。男は喜び、まだブルブルと身体を震わせている彼女を抱きしめ「もう大丈夫だよ」と言おうとした。

しかし、彼女の顔を見た男は、ギャァ!と叫び、伸ばした腕を引っ込めてしまった。彼女の身体はまだ小刻みに震えていた。手足はピクピクと痙攣するように動いている。しかし、彼女の目は車が横転した直後と同じで生気などなく濁った色をしていた。

そして、口からよだれを垂らし、身体が震えているため、声も震えるのか「うぅ、うぅ……」と呻いていた。とても恐ろしい光景だったことであろう。しかし、幸いにも救急車が到着し、彼女を担架に乗せ運んでいった。救急車の後ろには警察車両が続いていて、無傷に見えた男は警察車両に乗せられた。

*****

その事故から一年が経った。男は大病を患い、死の淵であのときの声のことを思い出していた。

事故のあったその夜、本来ならば三大キャリアのどの携帯も圏外の山奥から、男の声で警察に、山道で車が横転してるとの連絡があったという。しかし、番号は非通知はおろか、まったく表示されず機器のトラブルを疑ったのだそうじゃ。

そして、恐ろしいことに「死人を呼び戻す」ことはできたようだったな。しかし、

やはり男は深く後悔していたであろう。事故から一年経って、彼女は未だに命があるが、それは肉体だけのこと。中身はあの夜すでに身体を抜け出していた。彼女はもはや、病院の中でしか暮らせない、しかも人としてではなく「言葉の通じない、謎の生き物」になり果てていた。

森の声の主は、こうなるとわかっていたのであろう。森の声の主が神かと聞かれて応えなかったのは、その真逆の存在だったから。もし、男が神仏や己の守護者たちのみに祈ったならば、恐らく誰かは聞きつけていただろう。しかし、そうはならなかった。

実は、男があの夜迂闊にも助けを乞うてしまったのは、あの事故の起きたあたりでこれまで何度も、理不尽にも命を断たれたものの魂であった。怨霊化したそやつが彷徨っていて、生者を憎み仇を成せるときを楽しみにしているのだった。

さて、この話でもっとも口惜しいのは、助手席のエアバッグが作動しなかったことであるな。神仏に祈る習慣をつけるのもよいが、夏のドライブ前には車のセーフティー機能まできちんと点検しておきたいものじゃ。

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